のほほんデジカメ修行日記。何気なく目に留まったもの・風景などを、写真と共に綴ります。(機材:FUJIFILM FinePix F700 & Panasonic LUMIX DMC-FZ3)
by misa22_5
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2004年 11月 25日 |
旅行記再開の第一声から、いきなり珍妙なタイトルで申し訳ない・・・などと言っては失礼か。
実はこれ、先日どこぞの駅貼りポスター、若しくは車内広告で見かけたキャッチコピーなのだが、目にした瞬間「う、巧い・・・」と絶句、一目惚れ(?)。
その後密かに、この記事のタイトルに借りようと心に決めていたのだった。

 *

さて。続きである。
前述の如くローカル線を乗り継ぎゆるゆると北上、漸く辿り着いた駅の名は「鳥取」。時刻は既にとっぷりと日も暮れた午後7時半頃、だったか。
それほど遅い時間でもド田舎でもなし、泊まる場所にはまず事欠かぬだろうと呑気に構えていた折も折、適当に飛び込んだビジネスホテルでいきなり「ところがどっこい」のハプニング発生。
今日に限って、ビジネスホテルは何処も満室、空いてないだろうと言うのである。

曲がりなりにも県庁所在地、ホテルの数とて少ない訳ではないのに、幾ら何でもそんな事ってあるのか、他にも当たってみてはもらえまいかと頼み込むと。少々くたびれた様子の中年のフロントマンは、いかにも気の進まぬ様子で数件電話を掛けてくれたのだが、一向に埒があかず。
結局、その一部始終を横で見ていた若い女性が気を利かせてビジネス以外のホテルにも当たってくれ、程無く一軒の旅館に空きがあると判明。予約の運びとなった。

後でタクシーの運転手に聞いた話によれば、もともと曜日的にも各地からの出張ビジネスマンで混む曜日だった上、その日はたまたま何かの学会、総会レベルの集まりがあったらしい。
駅に隣接した高級ホテルでさえほぼ満室だったと言うのだから、ビジネスタイプの部屋に空きが無いのも無理からぬ事であろう。

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が。このハプニング、旅の半ばでそろそろのんびりもしたかった私にとっては、結果的に転じて吉どころか、すこぶるつきの大吉となった。
案内された宿は、駅から然程遠くはないが割合静かな通りに面し、小ぢんまりと落ちついた雰囲気の温泉宿。
そう、鳥取駅前は所謂温泉街でこそないものの、繁華街のあちこちに60℃からの源泉が豊富に湧き出る、正真正銘の温泉地なのである。

また、古くは因幡と呼ばれた万葉集ゆかりのこの地において、創業以来150年の歴史を重ねるという老舗の旅館に、偶然とは言え泊まれるなどとは夢にも思わず。
折からの冷え込みと余り思わしくなかった天候などの事情も鑑みて、この宿に二泊することを決めたのだった。

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丸みを帯びた天井の照明は柔らかい。
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気になるお風呂の様子は、コチラ!
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2004年 11月 24日 |
撮り出したら止まらない、わけでもないのですが。
気が向いて横浜へお散歩に行った帰り道、またまた美しいイルミネーションの洪水に遭遇してしまったので・・・すわ、練習!とばかりに何枚か撮ってきました。ついでにご覧戴ければ幸いです。

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 *

続きは、コチラ。
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2004年 11月 21日 |
本日は、いつも遊びに来てくださる皆さまに1ヶ月ほど早い(はやすぎ・笑)クリスマスプレゼントをご用意致しました。
所用で外出、少し遅くなったついでにふらりと新宿へ立ち寄って、毎年恒例のクリスマス仕様になった街並を写して来たのです。

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手持ちなので少々お見苦しい部分もあるかとは思いますが、そこは華やかな夜の街の雰囲気と、感謝の「気持ち」のみ受け取って戴ければこれ幸いでございます(笑。

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では、こちらからどうぞ。
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2004年 11月 20日 |
倉敷の駅を出たのは、一体何時頃だったのだろう。
旅の移動も終わる頃、それまで随分とお世話になった全国版の時刻表をホテルの屑籠に捨ててしまった時点で、こうなる事はある程度予想していたのだが・・・やはり。困った事に今はもう、この後に何をどう乗り継いで移動していたのか、ちらほらと断片的にしか思い出せない。
岡山から先、僅かに記憶に残っている事と言えば、1両か多くても2両編成のワンマンカーに乗り込んで、ただひたすら北へ向かっていた、という事だけである。

その頼りない記憶によれば。まるでとことこと歩くような速さで、淡く色づき出した山間や広々とした田園風景の中を走るワンマンカーを利用していたのは、主に登下校の学生達だった。
丁度中学だか高校だかの下校時間にぶつかったのだろう、私が長椅子の端でとろとろとまどろんでいる間に入れ替わり立ち代わり乗り込んできては、他愛のないお喋りをし、互いに貸し借りした漫画を読み耽り、また時折思い出したように誰かが投げかけた一言にどっと沸く。

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バイバイ、また明日・・・彼らの別れの挨拶を何度聞いたことだろう。
そうして、終点からまた始発へと乗り継いでいる間に、はや秋の日は暮れ、逢魔が時も過ぎ、窓の向こうは電燈の灯一つ無い闇の中に沈み込もうとしていた。

がらんと人気の無くなった車内では、自分と同じく旅の途中らしい若者と行商の小母さんとが、終点の駅に着くまでずっと世間話に花を咲かせていた。

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by misa22_5 | 2004-11-20 13:36 | 鉄道 |
2004年 11月 18日 |
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古い町並みには、雨が良く似合う。

 *

尾道を出る日の朝は生憎の雨模様。駅へと歩く道すがら「今日は果たして写真なぞ撮れるのだろうか」などと、多少心配してはみたものの。
山陽本線を一時間ばかり東進、到着した駅のコインロッカーに大きな荷物を押し込んで、傘を片手に歩き出した途端、それは単なる杞憂に過ぎないと分かった。

―― そう。
倉敷の古い町並み、所謂「美観地区」の物静かな佇まいにはカラリと晴れた青空よりも、しっとりと濡れた石畳の艶めきの方が良く似合うのだ。

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建ち並ぶ蔵屋敷の白壁は空に垂れ込めた雲と同じく鈍い光を湛え、細く長く続く路地の奥へと旅人を誘い・・・川沿いに植えられた柳の枝はゆらゆらと風に揺れつつ、時折その影と共に大きな雫を川面に落とす。

また、古い煉瓦造の建物にはうっすらと紅葉しかけた大きな葉の蔦が絡み、窓からこぼれるオレンジ色の灯りが辺りを柔らかく、優しく包み込んでいる。

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都合上、ほんの数時間ばかりの滞在だったが。古来密やかに浸透し、この町を育んで来た美の空気を感じ取るには充分な長さであったと思う。
後は、撮った写真からほんの少しでもそれが伝わる事を願うのみである。

 *

残りは、こちらから。
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2004年 11月 15日 |
  僕の前に道はない
  僕の後ろに道はできる

・・・とは、誰もが一度は耳にしたことのあるであろう、あまりにも有名な詩の一節である。
が。この言葉を思い出す度、自分の後ろに道など出来るのか、もし万が一出来たとしても恐らくは道ならぬ道、他の誰も辿ることのできぬ獣道であろう・・・などと、つい思ってしまうのは私だけだろうか。

いや、別段ペシミストを気取っている訳でも何でも無く、況や人生たるもの諦めの境地には程遠い、と常々(呑気にも)思ってはいるのだが。
それでも、我が身をつくづくと顧みるに、過去を後生大事にすることの出来ぬ性分というのは確かに存在するもので・・・たとえその積もりがあろうと無かろうと、この手の人間には経験や記憶を踏み固めて一本の道にするなど全くもって不可能。逆に、歩くそばから己の足跡を消して回って憚らず、今はもう無い過去も未だ不確実な未来も、現在の一点に凝縮すべき『時間という名の蒼褪めた幻想』でしか無いのだ、と半ば本気で思っているのだから致し方あるまい。

・・・・・・とか何とか言って、実はただ己の記憶力の無さを弁解しているだけではないのか、と密かに疑われる向きもあろうが、まあその辺は夫々のご想像にお任せするとして。

そんな自分にとっても、この尾道という町には、自己の内奥で深い眠りに落ちていた記憶を呼び覚ますスイッチなるものが其処彼処に仕掛けてあるに違いない、と思われる程に。
遥か上方まで続く階段を見上げても、緩やかに海へと下る坂を下りても、どこか懐かしい想いに心が疼く。およそ思い出したことのない記憶が突如として脳裏に甦ってくる。
また、そうしたものの中にすっぽりと包まれながらのんびりと歩くのは不思議と心地好く、まるで時の狭間に落ち込んでしまったかのような非現実感すら覚えるのだ。

ならば、きっと・・・恐らくは。
ファインダーの中でぼんやりと揺らめいて見えたのは、今現在の尾道の景色ではなく、いつか何処かで見た景色。

その瞬間だけ、私は自分自身の古い記憶の中を旅していたのかも知れない。

 *

彼誰時を過ぎても、点いたままの灯り。
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あの線路の向こうへ。
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鳩の多い境内。
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もう少し、タイムトリップしますか?
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2004年 11月 13日 |
旅行記はまだまだ途中、しかも日が経てば経つ程に己の記憶が薄れていってしまうのは重々承知の上、なのだが。
ここらでひとつ、近い過去を挟んでひと休みも良かろうということで・・・久々に食べ物写真を数枚、お目に掛けることにする。

実は昨晩、超ウルトラ級にハードだった仕事の打ち上げという名目の食事会に参加したのだ。
場所は銀座。メンバーは犬会社の全社員に加え、以前犬会社で働いていたパートの方約一名。それでも人数は二桁を割るのだから、我が犬会社の小ぢんまりさ加減も窺い知れようというものである。

料理は中華のコースだったのだが、「こってり大量」「ピリ辛濃い味」と言った所謂中華料理のイメージと、目の前に出てきた料理とがあまりにかけ離れていたので、最初はいささか驚いた。
見た目まるでフランス料理のように洒落ており、味付けもそれ程濃くはない・・・どころか、あっさりサッパリの割りに味わい深く、かなり洗練されている。中華ベースのフレンチシノワ風とでも言おうか。それが前菜から食後のデザートまで続いたのだ。
店員の対応も隅々まで気配りが行き届いており、非常に気持ちの良いひと時を過ごさせていただいた。感謝である。

が。こんなに美味しいものが食べられるのなら、忙しいのも年に一度くらいならいいか・・・などとは、やはり思えず。
修羅場はもう充分。二度と御免である。

 *

これが前菜。オーロラソースの掛かったエビやパテに似た品もあり、本当にフランス料理かと思ってしまった。
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続きは、コチラで。
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by misa22_5 | 2004-11-13 02:38 | モノ |
2004年 11月 11日 |
三日目、月曜日の朝。
丁度日付が変わる頃に乗り込んだ夜行列車を、未だ夜が明けぬうちに降りた。慣れぬ寝台の上で横になったのは正味4時間弱、ぐらいか。
旅の始まりから連日の睡眠不足、かてて加えて撮影会中はあちらこちらと夢中で歩き回った事もあり、多少は疲れを感じていてもいい筈なのだが・・・まるで逆に何処かからエネルギーを注入され続けてでもいるかのように益々元気一杯になっていくのが、我が事ながら何とも不思議であった。

そうしてやって来たのは、尾道。
瀬戸内海に面した、古くからの歴史を持つこの美しい町は、今も市街地のそこかしこに名刹が軒を連ね、多くの文人画人に愛された町として、また「瀬戸内しまなみ海道」の本州側起点として余りにも有名である。

 *

ホテルに大きな荷物を預け、早速カメラ片手に夜明けの町の表情を伺いに出ると。
空からは重く垂れ込めていた雲がうっすらと晴れ出し、小さな波止場に面した駅前の広場は、通勤・通学の人々で少しずつ賑わいを見せ始めていた。
堤防の向こう側、すぐ目の前に黒くシルエットで浮かび上がっていた向島からの朝の定期船が、淡いシャンパンカラーの光を照り返す波の中、ひっきりなしに到着しては徒歩の人々、また自転車やバイク、車のまま乗り込んでいる人々を次々と吐き出し、また吸い込んでいるのだった。

到着しようとする定期船。
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こちらにとっては物珍しいが、ここでは至極当たり前の朝の風景。
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朝の光に煌く波が美しい。
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こちらは、広場で出会った犬。御主人とバイクで二人(?)旅の途中らしい。
どこか誇らしげな様子が印象的だった。
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これが旅姿。移動中は風除けのビニルシートを前に掛ける。
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2004年 11月 08日 |
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おどみゃ島原の おどみゃ島原の
ナシの木育ちよ
何のナシやら 何のナシやら
色気なしばよ しょうかいな
早よ寝ろ泣かんで オロロンバイ
鬼(おん)の池ン久助(きゅうすけ)どんの連れんこらるバイ


*

子どもの頃良く耳にした、島原の子守歌。
良く意味の分からない歌詞とひどく淋し気なその旋律は、当時幼心に余り好ましく響きはしなかったのだが・・・何故か今もって忘れず、時にふと口をついて出ることがある。

当時の具体的な記憶については、たとえ思い出そうとしても中々思い出せないと言うのに。
記憶というのは摩訶不思議なものである。


 * * *

夕陽の撮影から一夜明けて二日目は、島原市内で各自自由行動。城下町の風情漂う武家屋敷跡に始まり、鉄道駅のほぼ正面に堂々と聳える島原城、「鯉の泳ぐまち」と呼ばれる裏通り界隈を散策して回った。

有名どころとは言え、町自体決して大きくはないし、観光スポットも数ある訳ではないのだが、流石は「名水百選」に数えられる湧水のまちだけあって、町なかの至る所にひしゃく付きの水飲み場があり、底まで透き通った水路には美しい緑の藻や草花が生い茂っている。
無論、健康そうにまるまると太った鯉も悠然と泳いでいる。家族で観光に来ているのだろう、楽しそうに餌をやる子どもの姿が微笑ましい。


長閑な、のどかな、田舎町の秋の午後。

午前中は曇り勝ちだった空もどうにか青さを取り戻し、とろりと濃密な秋の陽射しが辺りを黄金色に照らし出す頃。
ファインダーの中、揺れるススキの向こうに白く輝く島原城を見つめながら、知らぬ間にふと口ずさんでいたのは、やはりあの淋し気な旋律の子守唄だった。

 *

武家屋敷の門の一角にて。
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流水に咲く。
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「島八」。このレトロさが良い。
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(一応)島原城。
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鯉の泳ぐまちの様子は、コチラ。
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2004年 11月 06日 |
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秋の陽の光紡ぎて銅がねの錦水面に波と綾なす

 (あきのひの ひかりつむぎて あかがねの
  にしき みなもに なみとあやなす)


 * * *

夕陽を撮る時は雲の陰影があった方が変化があって良いとよく言われるが、全く雲の無い空もまたすっきりと気持ちが良いものである。
とは言え、フィルタも何も持ち合わせていないコンパクトデジカメでは、光量の調節がなかなか難しく、陽がまだ高いうちは全くのお手上げ状態だったのも事実。白状するが、本当にこの空の状態で自分に夕陽が撮れるのか?と半信半疑でもあった。

ともあれ。
少しずつ傾き始めた太陽を横目に見ながら、この露出ならどうか、この色合いは如何なものか、と相棒のデジカメと相談するのは中々に楽しく、また己の眼という最上のレンズを通して見る夕景は、正に得も言われぬ美しさ。
撮れる撮れないは最早別問題、非常に有意義なひと時を過ごさせていただいた。感謝あるのみである。

ちなみに、下の一枚はWBを変えて撮ったもの。もっと枚数を押さえておくべきだったと反省。
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こちらは、沈む直前の夕陽と、
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沈みかけた夕陽。
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展望台から見た九十九島の様子は、こちら。
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The Original by Sun&Moon