のほほんデジカメ修行日記。何気なく目に留まったもの・風景などを、写真と共に綴ります。(機材:FUJIFILM FinePix F700 & Panasonic LUMIX DMC-FZ3)
by misa22_5
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2004年 07月 26日 |
一昨日は、滝に呼ばれるまま日光へ。
霧降と華厳、二つの滝を見てきた。

久々の気儘な一人旅で、心身共に乾きも大分癒されたようである。矢張り自分は、様々な偶然に助けられつつ動くということがなければ駄目なのだなと再認した。
ひとが独りでいられるのは、背後にその孤独を支える何ものかがあると感じられるからなのだ、と。

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華厳の滝。
これは無料で見られる場所から撮ったものだが、それだけでは何かもの足りなかったので、有料エレベーターで滝の正面まで下ってみた。

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そして、細かな水飛沫をまともに浴びつつ撮ったものが、これ。
水はデジカメに良くないと聞いていたのであまり枚数は撮れなかったが、写真を撮らずともこの迫力、見て浴びただけで充分である。
本当に、行って良かったと思う。
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2004年 07月 26日 |
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緑もいいが、赤もいい。
・・・要するに、葉っぱはいい、ということなのだな。
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2004年 07月 24日 |
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唐突だが。
「一個の人間として修行が足りぬ」と、また深く内省する時機がやってきたようなので。
本日、滝を見に行く事にした。

実の処、独りでふらふらと動ければ場所など何処でもいいのだが、偶々滝の写真を見ていたら、何やら呼ばれているような気がしてきたのだ。こういう呼び声には経験上従った方が良いと分かっているので、素直に従ってみる心算。
出来ることなら早めの夏休みを取って、暫くの間旅にでも出たい処だが、それが出来ない状況なのは返す返すも残念な事である。

尚、この青い写真はWBを白熱灯にして撮ってみたもの。

この青い世界も、見たままの色の世界も実は同じものなのに、気づかぬうちに分別の罠に落ち込んでしまう己の弱さを直視するのは、やはり痛い。痛いが、見ること無くては人生何事も始まらぬ。
「人間、眼があるから見ると言ってはいけない。眼があるにもかかわらずどうやら見るのだ」などと言った哲学者も居たが、全くもってその通りだと思う。

惑わされぬよう、染まらぬよう。
そして、美しいものはただ、美しい。

その心は、何時如何なる時も忘れずにいたいものである。

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  * * * * *

  『RAKUEN』

面々相対して対せず
向かい合うのは
己の心
ただ一瞥あるところ
消え行くものは虚妄の世界

そして新たに

浸透するひとつの想い
指の先までみなぎるチカラ
いちめんに溢れ出す光の中で

ごらん
世界は透明に輝いている

謳う歓び
描く喜び
踊るリズムは大地を震わせ
感謝の祈りは大気に溶け入り
神話を生きる魂は
地上の楽園を取り戻す

そこには愛が満ちている

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2004年 07月 06日 |
先週の土日、笹川流れという景勝の地にて1泊2日のミニ撮影会が行われた。

出席を決めたのは、小さな棚田、きらきら羽越号の通る線路、そのすぐ向こうに日本海と、3つもの被写体が揃う絶好の撮影ポイントをこの目で見たかった、ただそれだけの事だったのだが。
結果、思いがけない幸運のプレゼントがいくつも天から降ってきたかのような、素晴らしく楽しい、実り多き2日間となった。
ただただ、感謝あるのみである。

また詳しく感想なども述べたいとは思うのだが、如何せんここ2週間ばかりは仕事が鬼の様に忙しく、連日午前様で家へ帰って来るのはただ寝る為のみという、まるでひと頃流行った「24時間戦えますか」的な日々が続きそうなのである。

とは言え、それ程長い間このブログを中断させたくはないので、これまでの様な修行記スタイルの文章は思い切って省き、写真だけを少しずつここへアップすることにした。
いずれ落ち着いたら、またアルバムの方にも纏めたいと思っている。

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これは1日目のプレゼント。雲間から恐らくはほんの数分、沈む寸前まで姿を現した夕陽。
その日は昼から雲が厚く、夕陽の写真は望めないだろうと思っていただけに嬉しさ百倍増。
雲の状態もまた滅多に見られないものだという、その奇跡的な美しさに感嘆の声を上げつつ、夢中でシャッターを切った。
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The Original by Sun&Moon